千葉在住のTM様の作品展

更新2017.2.23    

クモハ11 300系、クモハ1100系の製作

この度千葉在住のTM氏から製作記事が届きましたので、掲載させていただきます。LE

便宜上5両編成を2編成に分けて陳列しています。下の編成はクモハ11429+クハ16420+クモハ11456+サハ17303+クハ16477の面々。

MODEL FILE」コーナーの製作記事はT.M氏の記述です。若干編集させて戴いたおります。ご了承下さい。

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1.はじめに

20年近く前にGMキットのクモハ11、クハ16の素組及び改造でクモハ11 300系3両、クモハ11 400系7両を製作しましたが、屋根上配管が今ひとつ(避雷器配線がない、作用管やパンタグラフ引き外し線の位置が異なる事(*1)と前面の感じがかなり重たい(貫通扉周りの手すりが板状なので)などがあり、屋根と前面を中心にリニューアルをしました。

模型化に当たって参考とした写真から概ね1963年頃と1970年頃の実車の姿を再現しました。なお、改造工作の要点は最初の製作時とリニューアル時をあわせて記しています。

400:クモハ11429、クハ16420、クモハ11456、クハ16477、サハ17303、クモハ12031、クモハ12032、

300:クモハ11307、クモハ12000、クモニ13016

*1:作用管がパンに入り込む位置はランボードの内側で、引き外し線がパンに入り込む位置も屋根中心に近いと推定しました。 

2.使用したキット、台車、パンタグラフ、カプラー

車体キットは前述の通りGMクモハ11及びクハ16ですが、300番代には一部に他のキットの部品を使用しています(各車の項に記載)。また、台車はGMDT10(400動力付き)、TR11(400)、TR23(300)でパンはGMPS13。またカプラーはクモハ11429の前部キット付属のダミーの密連を除き全て台車マウントのアーノルドです。 

3.クモハ11400の改造点(概要)

使用したキットが400系のものなので、基本的には大きな工作は必要ありません。両運転台車(クモハ12031、クモハ12032)や事故復旧車で近代化改造とほぼ同じ改造を受けた車(クモハ11456)は改造工事が必要です。主に手を入れたところは屋根と前面、両側面、床下でも若干手を入れた車や部分があります。なお、後部妻板はキットのものをそのまま使っています。次に車両ごとに工作の要点を記します。

3-1.クモハ11429

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ベンチレーターが6個取り付け車ですが一般型です。(「旧型国電50年」沢柳健一著JTB刊P36参照)クモハ11429は1957(昭和32)年度大宮工場で更新修繕2が施工された記録がありました。又1962(昭和37)年には東京管理局弁天橋電車区に配置され、鶴見線で活躍した模様です。1974(昭和49)年8月1日73系通勤電車と置き換えになり廃車されました。

    

   

 

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全室運転室の車なので側面は殆どキットのまま。実物はシル・ヘッダーにリベットが残るタイプですが、そこは無視してノーリベットにしました(他のリベットのある車も同様)。また奇数車なので前面の母線、作用管の位置はキットのままですがジャンパ栓受があり、取り付けが必要

・側面2位側運転室扉横前側の手すり(何故手すりがモールドされているのか不可解)を削り取る以外はキットのまま。

・前面:貫通扉周りの手すり4箇所、パン引き外し線(残してもいいのですが手すりを削るとき全て削ったほうが手間は省けますし、又屋根上の引き外し線も削ってしまうので一体(連続)で配線した方が工作も楽です)及び渡り板を削り取ります。そして写真を参考に、手すり4箇所(タヴァサ及び0.3mm真鍮線で自作)、ステップ2箇所、ワイパー、ジャンパ栓受上記3点はタヴァサ)、行先サボ受け(銀河)を取り付けました。なお連結器胴受は残しダミーの密連を接着しています。

・後部妻板:キットのまま。

・屋根:キットの屋根板のモールドを、パン横ランボードと母線を除いて、全て削り取り、写真を参考にして、パン後部の所定の位置に避雷器台座(タヴァサ)を介して避雷器(カトー)を取り付けた後、パン引き外し線と避雷器の配線を行いました(車体前面及び側面と一体(連続)で)。両者の工作は車体に屋根を取り付けた後に行いますが、φ0.15mmくらいの線材(秋葉原の電気街の店で手に入れたもの)を割ピン(レボリューションファクトリー)で止めました。なお避雷器から車体へのアース線は車体側面1位側に降りています。また作用管はタヴァサの屋根上用を所定の位置に合うように強引に曲げて貼り付けました。以上が終わった後、やはり写真を参考にして、屋上手すり5箇所(タヴァサ)、屋上ステップ(銀河)、発炎筒(カトー)、ヘッドライト250W(銀河)、パンタグラフ、ベンチレーター、ランボード(いずれもキットのもの)などを取り付けました。

・床下:動力付きとしました。床下機器は奇数車ですから1位側が空気、2位側が電気です。乗務員ステップを取り付けて加工終了。

3-2.クハ16420

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 こちらも標準的な更新修繕車で、グロベン7個の配置と客扉がプレスの2枚窓ガラスで戸袋窓も木枠の改造前のままでした。こちらは1962(昭和37)年千葉局津田沼電車区に配置されて総武線で活躍しました。1963(昭和38)年10月ダイヤ改正で同年落成の101系直流通勤電車の一部が千ツヌに配属になり同時に小型車は地方へ転属又は廃車となりました。1966(昭和41)年度の配置区表においては同車はどこにも配置されていません。1965(昭和40)年3月差31日に廃車され、大井工場た保管された可能性があります。 

   
     

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  この車は偶数車でボックス運転室なので、運転室扉と客扉の間の窓の位置又は幅が1位側、2位側ともキットと異なり、1位側運転室扉の位置も前面から280mmでキットに比べやや前よりに位置しています。前面のジャンパ栓受もありません。

・側面:1位側側面は運転室扉が図面の位置(上述したようにキットより前寄りにある)に合うように、乗務員扉の左右2箇所(扉横の手すりを残した箇所で)で切り継ぎによる移設をした後、移設した1位側運転室扉と客扉の間の図面の位置に800mmの窓(工作で余ったキットから削り出す)をはめ込みます。2位側の運転室扉と客扉の間の窓はキットと同じ500mmですが位置が違いますのでキットの窓を一旦塞いだ後に図面の位置に同じ500mmの窓をはめ込みます。後は客扉を全て削り横桟付き扉(タヴァサ)をはめ込みました。

・前面:貫通扉周りの手すり4箇所、パン引き外し線(何故クハなのにモールドされているのか理解に苦しみますが)、渡り板及びジャンパ栓受けを削り取ります。また貫通扉窓の横桟と連結器胴受(車体への取り付け部を残して)も切り取ります。そして写真を参考に、手すり6箇所、ステップ2箇所、ワイパー(いずれもタヴァサ)、行先サボ受け(銀河)などを取り付けました。

・後部妻板:キットのまま。

・屋根キットの屋根板のモールド(手すり、ステップ)を削り、手すり(タヴァサ)、ステップ(銀河)、ヘッドライト250W(銀河)を取り付けました。なお、1963年当時発煙筒はまだ装備されてないので取り付けていません。

・床下乗務員ステップを取り付けて加工は終了。

3-3.クモハ11456

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 1955(昭和30)年度更新修繕2を東急で施工されました。運転室は片隅式、ベンチレーターは6個取り付けていました。ヘッドライトが埋め込み型となっています。「旧型国電50年」(柳沢健一著JTB出版刊)によりますと「1960(昭和35)年6月に南武線溝の口で入換機関車と衝突!大破したクモハ11456は、車輌不足の折から8月25日大井工場で17m車ながら戸袋Hゴムとし近代化に近い姿に改造した。乗務員扉が左右で違っているのも特徴だった。」とされています。(P38参照)1962(昭和37)年は西ナハに配置されていました。1968(昭和43)年には青梅に転属しています。1970(昭和45)年に青梅電車区は豊田電車区に統合されこの時に転属しました。(西トタ) 1971(昭和46)年2月13日廃車。

  

  

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  昭和35年6月に南武線武蔵溝ノ口で入換機関車と衝突大破したものを戸袋窓をHゴム化して近代化に近い姿に改造された車で、乗務員扉が左右で違っているのも特徴でした(旧型国電50年(沢柳健一著―JTBキャンブックスによる))。偶数車なのでパンタグラフの母線、作用管がキットとは左右反対であることもあり、かなりの工作が必要な車です。またヘッドライトは埋め込み式です。

・側面:全室運転室の車ですから窓割りはキットと同じですが、上記のように戸袋窓がHゴムですから該当する窓の窓枠を削り800mmHゴム窓(GMキットのどれか不明です)。また、クモハ11429と同様に2位側運転室扉横前側の手すりは削り取りました。なお、左右の乗務員扉が違っているとのことなので2位側の乗務員扉をクモハ41(GM)のものをはめ込みました(*2)。

   *2:何故2位側としたかは、かつての武蔵溝ノ口の貨物線は進行方向右側の中線側ではなく進行方向左側にあったとのおぼろげながらの記憶を頼りにして推定した結果、電車の左側(つまり2位側)がその左側にいた機関車と衝突大破し、復旧の際に別な扉を取り付けたものと推定しました。「溝の口貨物線機関車衝突事件」

・前面:母線、作用管がキットとは反対なので、母線、作用管は屋根と一体(連続)で新たに取り付けるためクハ16の前面を使います。加工はクハ16420と同様の箇所について削り取りと切り取りを行い写真を参考に手すり8箇所、貫通扉下ステップ、ワイパー(いずれもタヴァサ)、行先サボ受け(銀河)などを取り付けました。

・後部妻板:キットのままです。

・屋根母線と作用管の位置が左右反対であること、ヘッドライトが埋め込みであることの二点を除いて、クモハ11429と同じですから、異なっている点だけを記します。母線はφ0.4mmの洋白線、作用管はクモハ11429記載φ0.15mm線材を使用し、屋根上と前面を一体(連続)にして割ピン(レボリューション)で止めました。ヘッドライトはキットのものを使用し、発炎筒は1963年当時なので取り付けていません。

・床下:偶数車なので1位側が電気、2位側が空気と反対になります。電気側は奇数車と機器の配列順序は同じなのでキットの床下機器をそのまま接着しますが、空気側は奇数車とは機器の配列順序が逆になりますので、キットのものを機器ごとに切り離し順序を逆にして接着しました。最後に乗務員ステップを取り付けて工作は終了です。

3-4.クハ16477  

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1962(昭和37)年千ツヌに配置されていました。ベンチレーターが7個、ヘッドライトが埋め込み型です。客扉もHゴム窓の近代化修繕更新を受けていました。クハ16420と同様に101系電車の新製配置のために中国支社広島運転所(広ヒロ)に転属しました。1976(昭和51)年5月29日廃車。

  

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  奇数車で全室式運転室なので屋根上の小加工と前面の加工を除けば殆どキットのままです。ヘッドライトは埋め込みです。

・側面:キットのまま。

・前面貫通扉周りの手すり4箇所、パン引き外し線、渡り板及びテールライト上のステップ(実車には幅の広いものがついているので)を削り取ります。また貫通扉窓の横桟と連結器胴受(車体への取り付け部を残して)も切り取ります。そして写真を参考に、手すり8箇所、ステップ4箇所(内テールライト上のステップはタヴァサの幅広のものを切り詰めて)、貫通扉下のステップ、ワイパー(以上いずれもタヴァサ)、行先サボ受け(銀河)などを取り付けました。

後部妻板:キットのまま。

・屋根:キットの埋め込みヘッドライトを取り付けた以外、クハ16420と同じです。

・床下:乗務員ステップを取り付けた以外キットのままです。

3-5.サハ17303

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サハ17は100番台、200番台も300番台もベンチレーターが8個搭載されています。改造種車がサロ37形からサハ改造のために200番台は700mm幅窓が2連並び100mm幅の窓柱を真ん中に介して左右に配置されていますが、300番台はサハ75形基本形から改造されていたために800mm幅窓が4連並んでいます。種車はサハ75005でした。この車は1962(昭和37)年東イケに配置区でした。1966(昭和41)年には西ナハに転属しています。1967(昭和42)年8月24日廃車。

 

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  この車の1963年当時の客扉の窓は横桟付のものです。サハの床下機器はキットにありませんのでクハ用を加工しました。

・側面キットの後部2両分(後述のクモハ12031の改造で余った後部)を使って切り継ぎますが、一番継ぎ目が目立たないドアのところで行いました。他に客扉窓を横桟付(タヴァサ)に取り替える以外は加工するところはありません。

・前後の妻板:キットのままです。

・屋根:クハ用を使いますが、手すりを削り取る以外はキットのままです。

・床下:当該の車と他の17m車の写真を参考にして、余分な機器を取り去り、ひとつだけ箱状のもの(ジャンク箱をあさって)を追加して、一応それらしく見えるようにしました。

(2)クモハ12031+クモハ12032+クモハ11307+クモハ12000+クモニ13016

3-6.クモハ12031

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1958(昭和33)年可部線の合理化用に閑散時に単行運転をするためにモハ11 480を幡生工場で両運転台式の電車に改造され、1959(昭和34)年の称号改正でクモハ12 031となりました。増設部分は片隅運転台化と貫通扉式に改造されました。一位側はクモハ11の運転台を全室化、非貫通に改造されました。1977(昭和52)1月25日廃車。

   

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  クモハ11480を両運転台に改造した車です。既設の運転台(一位側)は全室式で前面は非貫通に改造されています。増設運転台はボックス式ですが、同じくボックス式のクハ16420とは運転室扉と客扉との間の窓割寸法や運転室扉の位置が異なっていて、妻面は貫通式となっています。以上のため、側面と両妻面を中心にかなりの切り継ぎ、はめ込み等の工作が必要です。

・側面:改造はクモハ11とクハ16の2両分と更にもう1両分(切り継ぎのための切り代や削り代の補填用)のキットを使って切り継ぎ工作(ここで余った車体後部をサハ17に使います)をします。1位、2位側とも前面から後部の客扉まではキットのままで良いのですが、その客扉から後ろは切り継ぎ工作が必要です。先ず、1位側の側面は増設運転室扉が図面の位置に合うように、扉横の手すりを残したままの運転室扉を2箇所の切り継ぎで移設した後、窓を塞ぎ図面の位置に500mmの窓をはめこみます。次に2位側の側面は客扉と増設運転室扉の間の800mmの窓はキットのまま残した上で、1位側と同じようにして、運転室扉が図面通りの位置になるように2箇所の切り継ぎで移設します。

・既設運転室側妻板:非貫通で面構えが似ているクモハ11200系のものから、リベットと、パン引き外し線を削り取り、連結器胴受(車体への取り付け部を残して)も切り取り使用しました。しかし、リニューアルに際しよく見ると、実物に比べなんとなく暗い感じにみえます。原因は窓の上下寸法が僅かに小さいこと、窓柱がこれまた僅かに細いこと、行先サボ受けが少し上になっていること、などのように考えられます。上下寸法を直すのは大変ですからそのままにして窓柱とサボ受けを直しました。窓はGMのクハ47前面窓を切り出し、上下を極く僅か削ってはめ込み、窓枠はHゴム部分を削り木枠に見えるようにしました。行先サボ受けはキットを削り取った後銀河のものを小加工(サボ抑えを接着)の上、キットより少し下の位置に接着しました。最後に写真を参考に、手すり6箇所、ワイパー、ジャンパ栓受(いずれもタヴァサ)、運転室通風孔(紙製の小片)を取り付けました。

・増設運転室側妻板:実物と同様にキットの後部妻板を改造しました。ただ前にも記した通り幌枠はなんとなく不細工な感じですので、幌枠は貫通扉ごと切り取り(幌枠のみを削るのはとても面倒なので)、クハ55などの後部妻板の幌枠を扉ごと切り出しはめ込みます。ただ、これでは貫通扉が違いますので更にこれを削り、再度クモハ11(クハ16)の貫通扉をはめ込み、幌枠の上に幌(気動車用を少し削って薄くした)を接着しました。なお、運転士側の窓は横桟を切り取ります。そして写真を参考に、有り合わせの部材から切り取ったテールライト(向かって左側はGMのクモハ12040の骸骨型、右側はクモハ11の余りなど)を貼り付け、手すり4箇所、テーライト上のステップ、ワイパー(いずれもタヴァサ)、運転室通風孔(紙の小片)などを取り付けました。

・屋根:、屋上の配線(管)はクモハ11429に比べ、パン引き外し線がなく、避雷器がパンタグラフより前についている点で異なっていますが他は同じです。従って、工作方法も引き外し線の配線をしないことと避雷器配線の位置を除きクモハ11429と同じです。その他の屋上機器類も基本的にはクモハ11429と同じですが、異なっているのは、手すりの取り付けがないことと、発炎筒、ヘッドライトが2箇所(両運なので当たり前)であることです。発炎筒の取り付け位置は他の車の写真も参考にして決めました。なお、パンタグラフ横のランボードの台座がやや特殊な形をしていますが、大して目立たないのでキットのままにしています(後述のクモハ12032も同様)。

・床下:乗務員ステップを取り付けた以外キットのままで、電気が2位側、空気が1位側です。

3-7.クモハ12032

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1958(昭和33)年可部線用にクモハ12031と同様にモハ11 481を種車に幡生工場で両運転化工事を請けました。車体の特徴は一位側は貫通扉付きのままで、増設運転室は全室運転台ですが貫通式です。又増設運転室の乗務員扉の高さが低く客窓と一直線になっています。1976(昭和51)年5月29日廃車。

   

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クモハ11481を両運転台に改造した車です。一見してクモハ12031と似ていますが、1位側前面は貫通扉付のままであり、増設運転室は全室式でかつ貫通式となっています。また、増設側運転室扉の高さが低くヘッダーまでの高さとなっています(ヘッダーが一直線のまま残っています)。そのため工作方法も増設運転台側の妻板改造(これは12031と同じ)と増設側運転室扉のはめ込みを除いてはクモハ11429とほぼ同じです。

・側面:両側面とも同じ工作です。まず、増設運転室扉の工作ですが、ヘッダーを残すために切り継ぎではなくはめ込みとします。具体的には、キット最後部700mmの窓を一旦塞ぎ(窓枠を削った後プラ板をはめ込む)、図面の位置に運転室扉の形状に合わせた長方形の穴をあけ、加工した乗務員扉をはめ込みます。そのはめ込む運転室扉は高さを縮めるため窓の部分で切断し、切断面を所要の高さとなるように削って整形し再び接着したものです。更に扉横に手すりを取り付けますが、客扉寄りのものは他の車と同様な上下2本のタイプですが、妻板寄りのものは長いもの1本となっていますので、6mm手すり(タヴァサ)を取り付けてあります。また、忘れないように、2位側運転室扉横前側の手すりを削り取っておきます。なお、客扉は横桟付(タヴァサ)に変えてあります。

既設運転室側妻板:削り取る部分はクモハ11429と同じですが、こちらは連結器胴受(車体への取り付け部を残して)も切り取ります。そして、写真を参考に、手すり6箇所、貫通扉下ステップ、ワイパー(いずれもタヴァサ)、行先サボ受け(銀河)、ジャンパ栓受(タヴァサ)、運転室通風孔(紙の小片)などを取り付けました。

・増設運転室側妻板:クモハ12031と全て同じです。

・屋根:クモハ12031と避雷器の取り付け位置が異なる以外は同じです。その位置はクモハ11429とほぼ同じですが、アース線は反対の2位側に降りています。

・床下:動力付きとしていますが、外観はクモハ12031と同じです。

4.クモハ11300系の改造点(概要)

 この系列はクモハ11400に見えますが、車長が17mと異なるもののクモハ41(角形)と同系列です。台車も400DT11と異なり300モハ41系と同じDT12です。とは言え、客扉間の窓数4個ですから模型化するにあたっては、前面以外クモハ11又はクハ16のものを使います。しかしながら400系の車長が16.8mなのに対し300系は17.0mと200mm(模型では1.33mm)長いので、側板、屋根板、床板全て切り継ぎによる延長が必要ですまた、妻板はクモハ41とほぼ同じですから模型でもクモハ41(GM)のものを使いますなお、300代と400代では車体前面からパンタグラフ中心までの寸法が100mm、車体端から台車中心までの寸法も同じく100mm、いずれも300代の方が長いのですが、車体側面の窓割等とは違い余り目立ちませんので、改造の面倒を考えて寸法の違いは無視し、キットのままとしました。 

4-1.クモハ11307

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1943(昭和18)年輸送力増強の為に旧モハ34系両運転台電動車を片運転化した車輌の一部でした。種車はモハ33018。1955(昭和30)年特別更新修繕工事が行われ、3,4位(後部)乗務員扉を撤去して窓に改造の上近代化改造を行いました。1962(昭和37)年には南テシに配属されて長らく鶴見線で運用されました。1973(昭和48)年11月21日廃車。

   

 

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  クモハ11307は両運転台のモハ34を片運転台に改造し、更に1955年の特別更新工事で残っていた後部運転室扉を窓に改造した車で、この改造で、もともと片運転台のモハ33(1967年に廃車)との外見の違いはなくなりました。なお、参考とした資料では、前面から乗務員扉の間の寸法が300mmとなっていますが330mmの誤りではないかと考えます(*3)。片運転台なので、工作は比較的簡単のように見えますが、車体側面の延長が必要なため、両運転台のクモハ12000と同じで結構手間がかかります。

     *3:前面から客扉の間の寸法は2220mmですが、当該の寸法を300mmとしますと乗務員扉500、窓600、2本の窓柱各々490、300を合わせると2190にしかなりません(30mm分足りません)。また、クモハ12000の図面では当該箇所は330mmになっています。恐らく浅原氏著、沢柳氏著とも300となっているので、原図が300と記されているものと思われます。

・側面:両側面とも工作方法は同じです。乗務員扉と客室扉の間で切り継ぎ0.67mm(実車で100mm)延長し、600mmの窓(GMクモハ43の窓から切り出したもの)を図面上の位置にはめ込みます。更に車体後部の客扉と後面との間、800mmの窓の後ろ側で切り継ぎ、同じように0.67mm分を延長、800mmの窓をはめ込みます。なお、2位側乗務員扉前側の手すり2本を忘れずに削り取っておきます。

・前面:クモハ41(GM)の前面を使います。運行番表示窓と鎧型通用器及びテールライト上のステップを削り取り、幌取り付け用の穴(上下2箇所)をパテで埋め整形します(下部は行先サボ受けとステップを接着すれば殆ど隠れて目立ちませんのでアラが出ない程度の整形でOK)。また、貫通扉下の切り欠きは適当なプラ板などで埋めて直線状にします。運転士側の窓はキットがHゴム窓なので、木枠の窓とするために、図面通りの位置、大きさに窓を削り広げた後、プラ板をはめ込み窓枠部を残し再度削ります。助士側の窓は横桟を切り取っておきます。なお、貫通扉は窓上に凹みがあるものですが、キットの平滑なもののままです。最後に図面を参考に、Hゴムの運行番表示窓、手すり4箇所、ワイパー、貫通扉下ステップ(いずれもタヴァサ)、テーライト上ステップ(タヴァサの広幅のものを切り詰め)、行先サボ受け(リトルジャパン)を取り付けました。

・後部妻板:キットのままです。

・屋根:適当な箇所で切り継ぎ0.67mm延長しました。後は屋上配管(線)を含めクモハ11429とほぼ同じですが、ベンチレーター、避雷器や発炎筒の取り付け位置が微妙に違いますので、図面を参考に位置を決め取り付けました。また、避雷器のアースは2位側に降りています。

・床下:床板を台車間の適当な位置で切り継ぎ延長した以外、クモハ12032と全て同じで、乗務員ステップを取り付け、床下機器を接着しました(電気が2位側、空気が1位側)。

4-2.クモハ12000

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1933(昭和8)年両運転台式電動車モハ34 001を種車にして1953,1059年の改番、改正によりクモハ12 000となりました。1959(昭和34)年7月に大垣区(名カキ)転出時に通風器がガーランドからグローブに変更されたと推定されています。(沢柳健一著)1962(昭和37)年には名カキに配置されていました。その後1967(昭和42)年11月2日廃車。

   

  

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 1948年に10両がモニ53(クモニ13)に改造された後は僅かに4両が残るのみとなりました。うち002、003は仙石線時代に非貫通に改造され、000、001のみが比較的原型に近い姿で残りました。模型化にあたっては、原型に近いこと、塗装が茶色一色であること(他の車との整合上)、参考とする写真が前面からと後面からのものがあることで、1965年大垣区に配置されていた当時の12000を選定しました(幌枠とが取り付けられているのが原型と違いますが)。この車は屋根上の母線の取り付けが変わっている他、母線覆いも付いています。ヘッドライトが1963年の写真では100Wのようですが、1965年の写真では250Wに変えられているようです。

・1位側側面:クモハ12031と同様キットを2組使い両運転台化しますが、パンタグラフ運転室側、非パンタグラフ運転室側ともに運転室扉と客扉の間を0.67mm長くする必要があります。工作の少しでも手間が省けるようクハ16キットの2位側を使いました。非パン運転室側(キットでは前部)は運転室扉と客室扉の間で切り継ぎ0.67mm(実車で100mm)延長し、500mmの窓(クモハ11307の600mmとは異なります)を図面上の位置にはめ込みます。パン運転室側(キットの後部)は客扉と車端部間の800mm窓は残した上、クハ16のキットから切り出した運転室扉を含む部分を同じように0.67mm分延長して切り継ぎます。なお、客扉を横桟付のもの(タヴァサ)に変え、非パン運転室側扉の後ろ側ウインドシル下部に鎧形通風器を貼り付けます。

・2位側側面:こちらはクモハ11キットの2位側を使います。パンタグラフ側運転室扉と客扉の間で切り継ぎ0.67mm(実車で100mm)延長し、500mmの窓を図面上の位置にはめ込みます。非パン運転室側は客扉と車端部の間の800mm窓は残し、クハ16のキットから切り出した運転室扉を含む部分を同じように0.67mm分を延長して切り継ぎます。なお、他車と同じく乗務員扉前側の手すり2本を忘れずに削り取っておきます。客扉の取替えと鎧形通風器の取り付けも1位側と同様です。

・パンタグラフ側前面:クモハ11307とほとんど同じですが、異なる点はテールライト上のステップを残すこと、幌枠(リトルジャパンの余ったもの)を接着すること、取り付け部材が若干異なることです。図面を参考に、小型(2桁用)の運行番表示窓、手すり4箇所、ワイパー、大型の渡り板(タヴァサ)、行先サボ受け(リトルジャパン)を取り付けました。

・非パンタグラフ側前面:クハ55の前面を使用します。幌枠の上に幌を取り付けたことと助士側の窓も運転士側窓と同様に加工すること以外はパンタグラフ側前面と同じです。

・屋根:1.33mm長いことを除けば、避雷器がパンタグラフの前側にあること、ベンチレーターの位置が異なることなどクモハ12307よりクモハ12031に似ています。屋根板はパンタグラフより後ろ側の適当な箇所で切り継いで1.33mm延長します。パン周りの配管(線)は前述したとおり母線を除きクモハ12031と同じですが、避雷器はLP14(割り箸を角形に削って上部に薄いプラ板を貼った自作品)に変えてあります。そして母線ですが、覆の部分は0.5mmのプラ板を0.6mm幅に切り出し角形にしたもので表現し、残りの部分は写真を参考に0.4mmの洋白線を折り曲げて前面の母線にくっつけましたベンチレーターは図面から位置を割り出し(窓柱の位置との比較で)取り付け、屋上手すりはやはり写真を参考に2位側運転室扉上の3箇所に取り付けました(ヘッドライト脇の手すりはありません)。最後に250Wヘッドライト2箇、屋上ステップ4箇所(いずれも銀河)を取り付けました。

・床下:クモハ11307とすべて同じです。

4-3.クモニ13016

DATER FILE

老朽化した木造荷物電車の廃車補充のために1943(昭和18)年に両運転台式電動車モハ34を片運化してモハ33に改造した物の内5両を、1950(昭和25)年に再び両運転台化してモニ53 016を種にした車輌でした。1953(昭和28)年改番によりモニ13 016と改番され更に1959(昭和34)年の改正に当たってクモニ13 016と借りました。改造は座席を撤去し、中央扉を1,800mm幅の両開き扉化、更に左右客扉も1,100mm幅の両開き扉に替えられています。運転台は両方とも片隅式で貫通扉が取り付けてあります。1962(昭和37)年には東シナに配置されていました。1980(昭和55)年12月18日廃車。

    

MODEL FILE

  両運転台のモハ34(後のクモハ12 0番台)を荷物車に改造しモニ53(後に改番でクモニ13)としたもですから、クモハ12000と側面の扉部を除きほぼ同じです。ただし、1300が鋼体化改造により生まれたので車長が16.8mとなっていてクモハ11400の系列に近い異色な車です。また、13008は事故復旧の際に前後面とも非貫通に改造されています。その他の車は大きな違いはありませんが、荷物扉の縦桟の有無、側面の鎧形通風器の有無、運転室扉横の手すりの形状など、多少のバラエティーがあります。模型化にあたっては当初13011としていましたが、運転室横の手すりの形状が特殊な車であることに気づきリニューアルに際し13016に変えました。

・側面:1位側側面、2位側側面とも荷物室扉を除き、クモハ12000と同じです。そこからの荷物扉への改造工作ですが、まず、荷物扉をはめ込む前の工作について記します。中央の扉を除く4箇所は、1100mmのままですから客扉を削るだけですが、中央の1800mm(模型では12mm)の扉は、扉の後部よりの565mmの窓柱と合わせて、2箇所の切り継ぎで実現します。具体的な切り継ぎ箇所は、1箇所は中央扉の前から6mmの箇所(12mmの半分ですが切断する際には削り代分を余分に残す必要があるので6.2mmほどのところで切ります)で、2箇所目は客扉間で非パン運転台側から窓3個目と4個目のところで窓柱を残して切断します(ここも削り代が必要です)。そして工作で余った部材を使い、残された扉の部分6mmと窓柱3.1mm(565mmの150分の1の3.77mmから残された窓柱分0・67mmを差し引いた寸法)に相当する部分を切り出し切断した2箇所の間に挿入します。結局側面は4箇所で切り継ぐこととなります(両面で8箇所)。ここで荷物扉をはめ込みますが、モニ13020〜037のキット(GM)のものが形状がほぼ同じですので、これを加工して使います。中央の扉は同じ1800mmなので、単純に切り出しはめ込むだけでOKですが、他の4箇所は1200mmのものを1100mmに縮める必要があります。削り出した扉の両端を削れば楽ですが、なんとなく感じが違います。結局大変ですが左右の窓2箇所のところで切り離し各々50mm分(0.33mm)を削った上で再度接着しました。切り離しは薄くて鋭利な刃物(薄手のカッターやカミソリなど)で行わないと接着面を合わせる削り代がなくなってしまいます。さて、出来上がった車を見ると荷物扉の奥行がやや少ないように見えます(できるだけ奥行が出るようにギリギリまではめ込んだのですが)。扉周りの裏側に0.3mm程度のプラ板を貼り、はめ込めば良かったと今にして思います。

・パンタグラフ側前面:クモハ41(GM)の前面を使います。テールライト上のステップを削り取り(位置がキットよりちょっと上についていますので)、幌取り付け用の穴(上下2箇所)をパテで埋め整形します(整形は他車と違い目立ちますので丁寧に)。また、貫通扉下の切り欠きは適当なプラ板などで埋めて直線状にします。運転士側の窓はキットがHゴム窓なので、木枠の窓とするために、図面通りの位置、大きさに窓を削り広げた後、プラ板をはめ込み窓枠部を残し再度削ります。助士側の窓は横桟を切り取っておきます。また、貫通扉の下部に紙を細く切った縦桟を貼り付けてあります。なお、貫通扉は窓上に凹みがあるものですが、他車と同じでキットの平滑なもののままです。最後に図面を参考に、手すり6箇所(タヴァサ及び0.3mm真鍮線で自作)、ワイパー、貫通扉下ステップ、テーライト上ステップ(いずれもタヴァサ)を取り付け、アクセサリーに“荷物電車”の札(パソコンで印刷自作したもの)を貼り付けました。

・非パンタグラフ側前面:クハ55の前面を使用します。助士側の窓も運転士側窓と同様に加工すること以外はパンタグラフ側前面と同じです。

・屋根:適当な箇所で切り継ぎ0.67mm延長しました。屋上配管(線)はクモハ11307とほぼ同じですが、避雷器の取り付け位置が違いますので、図面を参考に位置を決め取り付け、配線をました。また、ベンチレーターは4箇所なので図面を参考に位置を割り出しキットのものを取り付けています。発煙筒は取り付けていません。なお、非パンタグラフ側のヘッドライト、手すりもパンタグラフ側と同じです。

※参考資料

資料“電車ガイドブック(慶應義塾大学鉄道研究会編―誠文堂新光社)

新版国鉄電車ガイドブック旧性能電車編()(浅原信彦著―誠文堂新光社)

旧型国電50年(沢柳健一著―JTBキャンブックス)

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