□千葉在住のT.M様作品展

■51,54系旧型国電のご紹介■

更新2017.8.11   

第一巻

  クモハ51027
1936(昭和11)年製造のこの車両はデザイン的には半流型・パンタグラフは後部に移設されています。51001〜010は半室運転台ですが011〜043は全室運転台でした。027は1937(昭和12)年2月27日、日車で製造されました。前照灯は砲弾型で、乗務員扉後ろの窓配置が40系とは異なり800mm幅から300mm幅窓になり、座席店員が2名分減りました。更新修繕工事は28年10月25日吹田工で行われ、ベンチレーターはグローブ型に前面貫通扉下に渡り板がありました。パンタグラフはPS11、台車はDT12

    

クハ68040
1937(昭和12)年川崎車輌で製造されたこの車両はクモハ51027と同様に半流型であるとともに関西地区で51系の制御車として活躍しました。戦時中はロングシート化されてクハ55123に編入されましたが、戦後1951年セミクロスシート化されました。更新修繕工事Tは31年12月26日に実行され、ベンチレーターがグローブ型になりました。当時すでにクロハ59改造のクハ68001〜023が在籍していました為に旧番号に戻らずに新たにクハ68040に改番されました。その後1968(昭和43)年3月5日にWCが取り付けられ、同年5月15日にクハ68400に更に改番されました。ベンチレーターの個数は7個型と8個型に分類されていて、040は7個型に属しました。「旧型国電50年」U(沢柳健一著)の123ページによれば「68024〜052のグループで述べると、30年度が8個口、31・32年度が7個口という改造傾向から見て逆の傾向といえるが、32年度でも7個口があるところをみると原形の天井割りに左右されていると考えられる」とされています。ヘッドライトは砲弾型。全室運転台であり、台車はTR23

    

クモハ51010
1936(昭和11)年5月10日に川車にて製造されました。旧番号はモハ41065。ロングシートにされていましたが、1952(昭和27)年3月19日セミクロスシートが復活して同年3月に大ミハに配属されて山陽線などで活躍しました。027番で記述したとおり、半流・半室運転室が特徴です。又1952(昭和27)年10月4日に更新修繕が実施されましたが、ベンチレーターは6個のガーランドベンチレーターのままでした。パンタグラフはPS11,台車はDT12。

    

クハ55159
1937(昭和12)年7月28日に日支で製造されました。旧番号はクロハ69008でした。1962(昭和37)年10月関西の東海道線・山陽本線ローカルの優等車廃止で格下げされ、この時点からクハ55形150番台になりました。形態的には半流形・半室運転室のため乗務員扉の直後の窓は265mmの窓柱を介して500mm幅の運転室窓がありました。クロハ69の改造車なので、3位の客扉以降客窓の様子が700mm幅窓が2連ユニットに3対並びます。台車はTR23

    

クモハ51069
1932(昭和7)年12月12日に日支で製造されました。旧番号はモハ51066でした。本来はモハ41の改造車という製造動機がありました。それは1942(昭和27)年11月関西緩行線の急行運転休止により急行用2扉車(例えばモハ43形)の3扉化計画がありましたが製造工程節約のために既に3扉車であるモハ41形の51066を改造対象車にしたことが動機となりました。車番に関してはモハ51 58〜68に編入される予定でしたが、つまり元の番号に戻す予定でしたが、この時モハ41の3両がモハ51 58〜60に計画されたために、1944年に51 61〜71に改番されてこの既改造車5両が51 62,66〜69となりました。
更新修繕は1951(昭和26)年2月19日と1956(昭和31)年6月30日に施工されました。車体形状は平妻、半室運転室。客窓数は新製モハ51形が6個あるのに対して41形の改造車であるために5個並びです。

    

クハ68064
1932(昭和7)年10月15日川車で製造されました。旧番号はクハ55015でした。更新修繕は1958(昭和33)年12月23日。1961(昭和36)年5月20日に豊川工場にてwc設置工事が施工され、1968(昭和43)年12月19日クハ68 409に改番されました。本来064は偶数車なので400番台に改番予定でしたが400〜410までは1968(昭和43)年5月15日に既に改番されており、409しか付番が付けられない事情があったようです。407は1968(仕様和43)年12月16日に既に静ママに配置されていました。形態的には平妻車、片隅運転室でベンチレーターは8個でした。又客窓はクハ55からの改造車であったために5個並びでした。

   

第2巻

クモハ54005
1940(昭和15)年10月10日日車で製造されました。製造当初はノーシルノーヘッダーで張り上げ屋根車体で外観が美しい車体でした。更新修繕Tは1955(昭和30)年6月9日吹田工場で実施され、雨樋は普通型に直されました。

    

クハ68054
1938(昭和13)年9月9日日車で製造されました。旧番号はクハ55132でした。更新修繕Tは1957(昭和32)年8月20日です。1968(昭和43)年2月6日WC取り付けをおこない、クハ68408に5月15日に改番しました。ベンチレーターは6個。パンタグラフはPS11。台車はDT12です

   

クモハ54006
1941(昭和16)年12月12日汽支で製造されました。更新修繕は1955(昭和30)年8月25日吹田で実施されました。クモハ51形の出力増強形です。半流・全室運転室でした。ベンチレーターは6個。パンタグラフはPS11。台車はDT12です。

   

クハ68021
1934(昭和9)年3月31日川車で製造しました。旧番号はクハ55149でした。更新修繕は1957(昭和32)年3月13日です。元はクロハ59平妻車からの改造車でした。ベンチレーターは8個の分類に含まれます。この車輌の特徴は前述したとおり、平妻、片隅運転室、リベット車です。片隅運転室のために乗務員扉直後の窓幅が500mmの狭い窓です。又3位以降の客窓が700mm幅が3個続きますが、その後510mmの窓柱があり、700mmと550mmの窓が続きます。

   

クモハ54119
1943(昭和18)年7月31日汽支で製造されました。旧番号はクモハ60091。改造時期は1952〜1953(昭和27〜28)年にクモハ60を種車に改造しました。クモハ54は006の様に原型車が8両存在しているのに対してモハ60の改造車が21両と圧倒的多数車です。
更新修繕は1955(昭和30)年11月28日吹田工場で実施されました。形態的には半流全室運転室、パンタグラフはPS11、台車はDT12です。

  

クハ55111
1934(昭和9)年7月15日、川車で製造されました。旧番号はクロハ59018です。1942(昭和17)年11月13日に吹田工場で改造された。更新修繕は1955(昭和30)年8月12日吹田でした。形態的には平妻・片隅運転室です。リベットがずらっと並んでいます。ベンチレーターは8個・台車はTR23。

  

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